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カテゴリー「大自然・ネイチャー(新発田市)」の30件の記事

2017年5月 3日 (水)

二王子山の新たな展望地

3日、二王子山を望む素敵な展望地を発見。
夜、薄明終了の頃を見計らって再度訪れてみました。

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ちょっと山頂部が山桜に隠されてしまっています。
でも、試写してみるとそれほど美しい地形ではないですね。
すぐさま、近くにある本命のポイントへ移動。

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場所は舟山の近くです。
2枚とも、8秒前後の固定撮影です(プロソフトンA使用)。
ステラでシュミレーションしてみると、ぎりぎり三列星雲の辺りからアルビレオにかけての天の川が画面中央に横たわるはず。
上の写真の画角は29mmですが、18mmで撮ると前述の天の川がいい感じで入ってきそうです。
29mmだと天の川の派手な部分が入らないので、単なるもやもやが山並みを覆う感じになり、あまり見栄えはしないと思います。
この場所からだと、山麓の集落の外灯の影響は一切受けないので、そういう観点からも穴場かもしれません。
ちなみに2枚目の写真には、へびつかい座、ヘルクレス座の一部が写っています。
とても地味な領域です。

それにしても、昨夜はいい星空でした。
旧朝日村のHGへ行ってきたのですが、近年稀に見るコントラストの強い天の川を拝むことができました。
じっくり画像処理してみたいので、アップするまでもう数日かかりそうです。

2017年4月14日 (金)

蘇った一本桜

”一本桜”と形容したくなるような桜の大木が、新発田市の山中にあります。
ところが近年、その木は枯れてしまい、少なくとも2年間は咲かなかったと思います。
その土地の持ち主がなんとかその木を蘇らせようと、いろいろ努力していたのを間接的に知っていました。
午後から快晴になった13日、その木が立つ棚田をふと訪れてみたのですが、遠目にその木がピンクに色づいているのが見えました。

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奇跡です。
桜が開花しました。
しかも、ここは標高約170mあります。
新発田城の桜は昨日辺りからやっと満開になりましたが、郊外の五十公野公園の桜を初め、まだまだ平野部の桜は咲き始めたばかり。
もちろん二王子山麓など、標高50m以上の地域ではまだつぼみです。
大峰山の山桜でさえ全く咲いていないというのに、やはり奇跡としか言いようがありません。
それにしても、なんという美しさ。
すごいオーラがあります。
月が昇る直前に、夜再び来てみました。

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13日の薄明終了は19時49分、月の出が20時5分です。
薄明終了直後に追尾で星の写真を撮り、月が稜線から顔を出したら固定撮影で桜を撮ろうという作戦です。
桜の木の背後の稜線に、ちょうどオリオンが沈もうとしていました。
19時52分撮影なので薄明は終わっているのですが、新潟平野の光害はやはり強烈です。
2分の露出では、オリオンループは写るはずもなく。
バラ星雲の存在はよくわかりますが。

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固定も追尾も、様々なISOとシャッタースピードの組み合わせで撮りました。
そして、改めて桜星景は(LED灯などの照明を使わないのであれば)多少なりとも月明かりがないと、桜の花びらの情感を描出するのは不可能であることを認識しました。
上の写真は20秒の固定撮影、1枚モノです。
結局この絵が一番現場の雰囲気に近かった。
これだけ木に近づくと、ぼくの技術では木の枝に完璧にマスクをかけるのは無理です。
背景に天の川があるわけでもなし、地味な星空ですから、新星景ライクな絵作りはあきらめた次第。
一般的に山間部の桜は、場所によってはGW前半にずれこむところもあると思います。
となると次の新月期は、撮影のバリエーションが増えそうですね。

2017年4月 5日 (水)

野ゴイの楽園

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ここは養殖池ではありません。普通の河川(新発田市加治川水系)です。
泳いでいるのは野ゴイ(真鯉)、体長は50cm前後のものがほとんど。
ダム湖を除き、一般河川でこれだけの鯉の群れを見たのは生まれて初めてです。
右手の上流部、5m程の区間にも同じ数のコイが泳いでいました(次の写真)。

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錦鯉はゼロ、全て野ゴイのようでした。
思い返せば子供の頃、釣りキチの父から最初に仕込まれたのがフナとコイ釣りでした。
以来、野ゴイはぼくの中で神にも等しい神聖な存在であり続けてきました。
もちろん、釣ってやろうという気は毛頭ありません。
この日はコゴミの新たな場所探しをしていて偶然このポイントを見つけました。
平均寿命20年以上と言われるコイですが、渇水期にはどこで生活しているのだろう?
それにしても、何という数。
命の神秘を垣間見る思いがして、厳粛な気持ちになりました。
人間たちに釣られるなよ!
生き延びろよ。

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ところで最近車を買い換えました。
デミオから、2月にフルモデルチェンジになったばかりのワゴンR(HYBRID FX)にチェンジ。
今度のワゴンRは、後席側のウインドウの形状が独特なので、すぐワゴンRだなとわかります。
今回4WDに買い換えたので、フォグランプも付けてみました。
ボディカラーは水色。
フィールドで見かけたら声を掛けてくださいね。

2017年1月18日 (水)

二王子山に迫る

昨年12月21日に初めてそこを訪れ、そこからの市街地、及び二王子山方面の眺めに感動したワタシ。
一面の雪景色となった今、今度は別な表情を見るべく、もう一度県立新発田病院11階の展望ラウンジへ。

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APS-C用の望遠ズームで、27mmの焦点距離です。
それを135mmまでズームアップすると・・・

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なかなかの迫力です。
普段はほとんど望遠レンズは使いませんが、たまにはクローズアップしてみるのも面白いですね。
それと、写真は撮りませんでしたが、プラント4が近くにあるR7・聖籠インターまで北上すると、朝日連峰の主稜線がくっきりと見えました。
あれは大朝日岳・・・
ちょっと感動しました。

2016年5月26日 (木)

王子神社と渋谷金王丸 (2)

(2)王子神社への行き方

Ouji_shrine

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スキー場のレストハウスまでは、途中のゲートの手前に車を置き、そこから徒歩で40分ほど。ニノックスの広大な初心者用ゲレンデの右端にダートの道がありますから、そこを歩きます。約15分で第一クワッドリフトの終点に着きます。
小道はさらに続いているので、先へ進みます。5分も歩けば堰堤に出ます。
堰堤へ降りる踏み跡を右に見送り、さらに進むとすぐ行き止まりになります。
そこから河原へ降り、対岸へ渡ります。

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ここが徒渉地点。
中央やや右の岩から左側の瀬は深いので、右側の落ち込みを渡ります。
雪代水が落ち着いてきた頃でないと、渡れないでしょう。
身長182cmの私で、太ももの中程まで濡れました。

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渡り終えた対岸から、来た方向を写したもの。
左側の落ち込みを徒渉します。
岩に残置ロープがあることに気づきました。上の写真に写っていますね。
それほど傾斜はきつくないのでロープは必要ないかと思います。
どっちみちかなり古いものらしく、すり切れているので使えませんが。
どうやら、このルートで間違いないようです。
生い茂る草をかき分け進んでいくと、すぐ前方の大きな岩の下に、小さな祠が建っているのが見えてきました。

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オーバーハング状の岩の下に、コンクリート製の祠があります。

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その岩を、横から見るとこんな感じ。
霊気を感じるのですが、重々しいそれではなく、爽やか?な気の流れを感じます。

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今でも参拝者が来ていることを伺わせます。
この中に、今でも義朝の護持仏が安置されているのでしょうか・・・
かなり長い間、そこでまどろんでいたような気がします。
そして、ふと我に返りました。
地形図記載の神社マークはここではありません。
沢の合流点から(実際、右手に小沢が流れています)やせ尾根に取り付き、やや登った段丘の中程に神社があるはず。
地図を片手によく周囲の地形を観察すると、祠のすぐ右手にある尾根の取り付きから踏み跡が伸びているのがわかったので、もう少し歩いてみることにしました。
落ち葉が積もった滑りやすい河岸段丘を、おっかなびっくりトラバースしていきます。
すぐ踏み跡は途切れましたが、進むべき方向ははっきりしているので、迷わず歩き続けました。
すると7~8分で、地図の等高線が示すように、比較的平らな樹海地帯に出ました。
下草は低く、まばらにブナと杉が生えています。
この日はGPS機器を持っていき、要所要所で高度を確認しながら進みました。

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神社は標高525~530mの辺りに建っているはずですが、あまりに気持ちのいい林なので、右手から小沢が合流する標高547mの地点まで歩いてみました。
そこから歩いてきた方向を写したのが上の写真。
かつては、恐らくは戦前まではこの場所から神社の建物が前方奥の方に見えたはず。
建物が残っていないことはすぐわかったので(かなり昔に放棄されたのでは?代わりにアクセスのしやすい、三光川を渡ったところに祠を作ったのではないかと)、遺構を探しながらこの丘を歩き回りました。

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(37 55 4.6N 139 28 47.8E 標高530.9m)

2~3ヶ所候補地があったのですが、その中でここが最もそれらしい場所でした。
不定形の岩や石が散乱しており、標高も丁度531mなのです。

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(37 55 4.5N 139 28 46.4E 標高525.3m)

この場所もかなり怪しいと感じました。やはり、ここも岩が散乱しており、高度的にも条件にかないます。
ところで、神社は木造であったのか、それとも二王子神社手前の祓殿みたいに石造りであったのかわかりませんが、取りあえずほぼ位置を特定することが出来たので、その意味では満足しました。

2016年5月18日 (水)

二王子神社旧参道詳説

5月12日にも類似の記事をアップしましたが、なんだんかんだとこの1ヶ月で旧参道を今日(18日)を含めて4回訪れました。
ようやく点と線がつながり全容が見えてきましたので、改めて現状をまとめてみました。

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国土地理院発行の1/2.5万地形図記載の点線は、一部踏み跡が消えているものもあり、逆にしっかりした踏み跡があるのに載っていないものもあります。
そこで、今日現在の現状をまとめてみたのがこの図です。
地図の真ん中あたりに”この区間泥道”と書きましたが、先月からこの付近で地元のさくら森林組合さんが伐採作業を行っています(次の写真参照)。

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特に林道から丸木橋へ行く途中の道が深い泥道となっているので、歩行は難しいです。
堰堤まで車通行可、と書きましたが、この林道に2台の重機が入っているので、当面マイカーでの進入はやめたほうが無難だと思います。
伐採作業が終われば、堰堤前の路肩に車を停めることができます。
さて、二王子山神社から旧参道を歩いてみましょう。

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急な石段を、ロープにつかまりながら下ります。
この石段、急な上に下側へ傾いており、表面は苔むしています。
そのためビブラムソールの登山靴でも滑りやすいです。
二王子神社から太鼓橋までの往復であれば、スパイク付きの長靴がお勧めです。
石段を下り終え、最初に現れる案内板の主がこの杉の木。
包岩楓大杉といい、その名の通り、岩を抱え込むように根を張っています。
太鼓橋が近づくと、左に登龍杉、右に祓い戸跡(祓殿跡)が現れます。

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登龍杉の裏側に回り込むと、根元に大きな穴が空いています。
ストロボを焚いて空洞を撮ってみたのですが、かなり大きな穴でした。
とても神聖な空間だと感じました。

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太鼓橋は昭和47年に付け替えられたもの。
現在の橋はコンクリート製です。
さて、太鼓橋を渡って数分歩くと、次の写真の分かれ道が出てきます。

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左へ進めば、程なく車道へ出ます。
右へ進むと旧参道。
右へ進んだ場合、勾配はここからきつくなり、踏み跡もやや薄れかけます。
特にテープとかもないのですが、進路はひたすら道なりにまっすぐ進んで下さい。
途中1ヶ所だけ、杉の倒木が道に覆い被さっている箇所がありますが、そこで右下の斜面へ逃げず、枝を押しのけまっすぐ進みます。

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急坂を下り終えると、この水路へ出ます。
水路をまたぎ、右斜め前方へ踏み跡を辿ります。
すぐ2~3m先で踏み跡は二手に分かれるのですが、左へ進みます。
急な崖を4~5m下れば、ダートの林道へ出ます。
ところで、この水路にはよく見ると、右岸(上流から下流を見て右側)にかすかな踏み跡が付いています。

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(左側に踏み跡があるのがわかるでしょうか?)

ここを辿っていくと約100mで落差8mほどの大きな滝に出ます。

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踏み跡もここまで。
滝は3段くらいに分かれており、なかなかの迫力です。
二王子神社横の妹背滝は、現地の案内板にも書いてありますが、車道を作った際、滝の岩盤を一部破壊したので、落差は昔より少なくなっています。
なので、この滝が姫田川では最も落差があるのではないでしょうか。

2016年5月13日 (金)

幻の王子神社

国土地理院の1/2.5万地形図には、ニノックススキー場から南東方向の山あいに神社のマークが載っています。
いろいろ調べたら、王子神社であることがわかりました。
祭神は大山祇神。
しかしながら、詳しい由緒とか創立年代は不明。
ぼくが中学生の時に買った40年前の地図にも載っており、その時からすごい山奥に神社があるなあと感心していました。
ここ1ヶ月の間に2度下見を済ませ、満を持して行ってみたのですが、残念ながら道は途中で途切れていました。

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右に踏み跡があります。
50mも進むと、軽トラが通れる程の道幅の林道となりました。
とはいえ道は原始に帰しかけて苔むしているのですが、歩く分には何も問題なかったです。
100mも歩くと、右側に瀬音が大きくなってきて、堰堤が現れました。
地図に堰堤は載っていませんが、支沢の分岐点よりやや手前だったでしょうか。
林道は堰堤の手前30mくらいから道幅が1mほどの踏み跡となり、堰堤の先10mの地点で消えていました。
地図ではその先で本流を渡るのですが、この道が見当たらなかったです。
地形的にも、徒渉点の辺りで右岸が崖となり、その先へ進むには高巻きが必要。
かといって、河原へ降りても水量が多いため徒渉も不可能。

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堰堤にはこのように階段が設けられており、対岸へ渡れるようになっていたので対岸へ渡りました。
しかし、2ヶ所で大きく斜面が崩落しており、トラバースも写真に写っている左端までしか行けません。
そこからやせ尾根に取り付き高巻きを試みたのですが、斜面が急で、ザイルがないと下降が困難。
なので、安全第一とばかりすぐ引き返してきました。

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堰堤から上流部です。
標高差にして50mも登ると右の急斜面の上になだらかな斜面が現れ、そこに神社が建っているはず。
しかし、堰堤から先は全く人が入っていないと思われ、おそらく神社も廃墟と化しているのではないでしょうか。

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堰堤から下流部。
素晴らしい渓相です。
コースタイムですが、ニノックスへと通じる車道の中程にあるゲートから歩き始め、スキー場のレストハウスまで40分。
そこから堰堤まで20分弱でした。

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せっかくなので、いつか星景写真を撮るときのために、絵になる構図探し。
ただっ広い初心者コースの中程に木立がありますが、これを入れるとアクセントになるかな?
12日は夜間も快晴が続きましたが、もう体力も気力も尽きました。
また来年ですね。

2016年5月12日 (木)

二王子神社旧参道を歩く

2012年7月23日のブログ記事に書いたように、その日初めて二王子神社への旧参道の一部を歩きました。
その後、何度か旧参道の入り口、通称一本杉(下に、南無阿弥陀仏と刻まれた石碑が立っている)までは何度か足を運んだのですが、5月9日、初めて旧参道の残り半分を歩いてみました。
背の高い杉並木の中を行く旧参道は、石碑から数十メートル先で踏み跡で途絶えています。
今回歩いたのは、そこより100mほど上手にある農道ルート。
この小道は国土地理院の1/2.5万地形図に記載があります。
30年くらい昔になりますが、バイクでこの農道へ山菜採りに来たことがあり、周辺の地形はよく把握しているつもり。
果たして、田貝川右岸へ続くはずの踏み跡が残っているかどうか不安でしたが、ちゃんと残っていました。

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これは、地形図に点線で記載されている農道からの1枚。
経度139 26 25.6 E  緯度37 54 48.6 N  標高128.3m
山頂方面の展望が利き、星景写真にも良さそうです。
農道上部から林に突っ込む200mほどの区間の道がわかりにくかったですが、所々赤いテープが木の枝に巻かれているので、それを見つけるとよいと思います。

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林に入ると程なく瀬音が大きくなってきて、とうとう念願の丸木橋まで到達することができました。
下越山岳会の重鎮の登山家・五十嵐篤雄氏の著書「飯豊道」に、大正15年生まれの著者が8才のときに初めて旧参道を歩き、二王子山神社へ参拝したときの様子が克明に書かれています(p266-269参照)。
そこで描写されている、田貝川に架かる丸木橋がちゃんと残っているのです。

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この辺りは川幅も広く、まさに深山幽谷といった風情。
太古から続くであろう、美しい流れがそこにありました。
今回はここで引き返したのですが、丸木橋を渡り、標高差にして50mほどの通称七曲がりの坂を登り切ると、車道から分岐している旧参道と出会うはず。
ふたつの旧参道が出会う地点までは前回神社側から歩いたので、完全踏破とまではいかないものの、旧参道が今でも通しで歩けることを発見したので満足でした。

さて、ここからは2012年7月に撮った写真です。
周りの自然のと完全に一体化している太鼓橋(昭和47年に付け替え)は必見。
ちなみに、橋の手前の両側にそびえる杉は夫婦杉(或いは鳥居杉)。

Img_5063p_2012jul

Img_5064_2012jul

濡れて光沢を帯びた岩盤の上を幾筋もの水が滝となって流れ落ち、古式騒然たる苔むした石橋と併せて一幅の絵画とも言える風景が展開します。

Img_5087_2012jul

太鼓橋を渡ると、祓い戸神社跡(もしっくは祓殿跡)があります。
昔、祭礼の時に参拝者はここでお祓いを受けたそうです。
樹勢が龍の昇る姿に似ているから、ということで名付けられた登龍杉の存在感も特筆もの。
周辺には大きな切り株が幾つも残っていますが、これらは今の神社を建築する際の部材として使われたのだとか。

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この鳥居を過ぎると道は左にカーブし、急な石段が続きます。
登りきれば、現在の二王子神社の立つ境内に出ます。
昔は境内に入る手前に見事な山門(随神門)があったのですが、昭和37年3月、籠堂もろとも登山者の失火で消失しました。
本殿もそれに先立つ昭和23年4月、やはり失火で消失。
今の本殿も立派なものですが、戦前にタイムスリップしてみたいと思うのはぼくだけではないでしょう。

2016年5月 4日 (水)

三光川上流の探検

昨年5月7日に来たときは、ニノックススキー場へのゲートからスキー場の駐車場(三段になっている一番下の広場)脇の堰堤まで、右岸(上流から下流を見て右側)の河岸段丘を踏破しました。
そしてこの日(3日)、今度はその堰堤から右岸の杉林の中の河岸段丘を500mほど歩いてきました。

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ここへは次の写真で看板が立っている所の、道路をはさんで反対側に”王子まなびの森”と書かれた案内板が立っているので、そこから踏み跡へ入ります。
100mほどで堰堤が見えてきます。
下の河原までも踏み跡が付いており、容易に降りることができます。
ただし、ここから上部へはいったん高巻きと言わないまでも、大きく堰堤を迂回しなければなりません。
ぼくはすぐ河原に降りて沢沿いに遡行したので、正確に堰堤上部の踏み跡がどこから始まっているのかは確かめていないのですが、杉林の中を歩けば、すぐ踏み跡を見つけることができると思います。

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ここには広大な杉林があったのですが、野球場2つ分くらいの面積が伐採されていました。
ここの右側に、堰堤へと続く小道が付いています。

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すぐ杉に覆われた河岸段丘に出ますので、そこを歩きます。
所々、赤のペンキで木に印が付けられているので、そこを目印に歩きます。
しっかりした踏み跡が杉林の中に付いているので、迷うことはないでしょう。
ぼくは所々で河原に降りて写真を撮ったりしたのですが、おおむね上の写真のような渓相が続きます。

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途中、幹周り4~5mはありそうな、立派なブナの大木に遭遇。
写真では大きさがわかりにくいですが、本当に風格がありました。
樹齢数百年は経っていそうです。

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今回は時間の関係で、この場所まで。
本流は右の方に流れており、ここからは見えません。
枝分かれした小沢が静かに流れており、なかなか美しい林床でした。
左側の緩やかな傾斜の崖を5~6m登ると、ニノックススノーパークに出ます。

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レストハウスの真横ぐらいかなと思ったら、レストハウスはかなり過ぎていました。
昨年5月7日の記事にも書いたのですが、国土地理院の1/2.5万地形図を見ると、南東方向標高530mのあたりに神社マークが見えます。
40年前に発行された同じ縮尺の地形図も持っているのですが、そこにも記載があります。
その地図を買った中学生の頃より、この神社が気になっていました。
そこへ行ってみるのが夢なのですが、なぜかいつも躊躇してしまいます。
ゲレンデの右端に、上の写真に見られるようにダートの道がまっすぐ延びています。
この小道も地形図に載っていますね。
この小道を歩いてアプローチすれば、さしたる苦労もなく神社へ至る踏み跡に出るとは思うのですが。
おそらく昔は、その神社から尾根沿いに山頂に至る登山道があったのでしょう。
二王子山は古くは修験道で栄えた山ですが、修験道華やかなりし頃、使われたルートだと思います。
地形図には建物の印が付いているので、余計興味をそそられるのです。
ネットで検索しても一切この神社に関わる情報は出てきません。
図書館の資料にも載っていません。
グーグルアースで見ると、神社に至る踏み跡が付いているであろう地形は確認できました。
でも、ひたすら三光川を渡ってからは深い森のようで、本当に社殿が残っているのかはなはだ疑問。
ところで、三光川上流の河岸段丘の植生は、昨日訪れた森よりは単調でした。
タラの芽も根こそぎ採られているし、新緑はそこそこ美しいのですが、微妙に荒れているのかなという印象でした。

※ブログのタイトルを変えました。里山こそが自分の原点です。
そこを再認識したので、久々にデザインと共にタイトルも変えてみました。

2016年5月 2日 (月)

トトロのいる森

やはりこの森は生きています。
山北町や旧朝日村の山間部へ行けばいくらでもディープな大自然は残っているけど、ここは新発田市管内、標高も100mに満たない山間部。
トトロのいそうな雰囲気を、仮にトトロ度数(10点満点で、10点が最高)と名付けましょう。
県北の某棚田地帯がトトロ度数8。
昨年まではここを超えるところは新発田や胎内の山あいにはないと思っていたけど、ごく最近トトロ度数9の場所を見つけました。

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この日探索した中で最もトトロ度数が高かった森がここ(五頭山麓某所)。
地図に載っていない踏み跡を辿っていったら、トトロに遭遇しました。
背中に背負ったザックからカメラを取り出すからそれまで動かないでねと語りかけると、こちらを射るような視線をダイレクトにハートのあたりに感じました。
トトロどころか、6月になったら、ひょっとしたらお姫様にも遭遇するかもしれません。

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途中、送電線への管理道が分岐したところでUターン。
ちょうどそこが峠のあたりだった。といっても、標高は100mくらいしかないのだけど。
地形図と照らし合わせたところ、この先どの方面に伸びているかがわかったので、そこで引き返しました。
送電線へは必ず保守点検のための道が付いているため、そういった小道を片っ端から踏破してみるのも一興。
最近1ヶ月の間に、5つくらいそういった鉄塔の真下へ登りました。
鉄塔の真下は日当たりの良い広場になっていることが多く、ワラビが生えていたりすることが多いです。
山菜採りが目的なわけではないけれど、自分だけの小ピークを制覇したという達成感が手軽に味わえるのが気に入っています。
そこからの展望も斬新なものであることが多いです。

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森を流れる沢も、とことん美しい。
上流にはご多分にもれず堰堤が3つあるのだけど、そこまで沢沿いに難なく遡行できます。
廊下状の岩場などはなく、女性的な渓相が続きます。

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林道の両岸に展開する杉林は下草が比較的短く、森の中をどこでも自由に歩くことができます。
広葉樹林帯でも同様に下草の短い林が多く、傾斜も緩やかなためやはり自由に闊歩できます。
林道が作られたのは昭和31年。
上部の方は今は車の通行もないようで、歩きやすい登山道と化しています。
植生も豊かで、とにかく様々な植物や山野草に遭遇します。
今までの生涯でこのような森に出会ったのは数えるほどしかありません、残念ながら。

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標高226m付近。
この辺まで来ると、広葉樹林帯がメインになります。
ほれぼれするほど美しい緑たち。
ここで林道は二手に分かれますが、どちらも1kmほどで行き止まりになります(国土地理院の地形図によると)。
ぼくはどちらの林道も500mほど登ったところで引き返したけれど、沢沿いをひたすら遡行するのも面白いかもしれません。
ひたすら優しい渓相が続くので、沢歩き入門にはもってこいです。

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