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2016年4月26日 (火)

要害山からの展望

佐々木盛綱ゆかりの藤戸神社へ、再び訪れてみました。
今回は、16世紀後半まで加治氏の城が築かれていた要害山へ登るのが目的。

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こないだ来たときは気づかなかったけど、本殿が背後にあるのでした。

Img_3112

急な石段を登って参拝。
ごく狭い敷地に立っているので、カメラはこれ以上引けません。

Img_3114p

凛と張り詰めた空気感が素敵です。

Img_3124

要害山(165m)山頂へは、藤戸神社から15、6分で到着。
ロープ場なども出てくるので、スニーカーだとちょっと厳しいと思います。
三角点は左手奥のもうひとつの広場にあるのですが、展望の利くのはこちら側。
思ったより見晴らしがよく、南から西にかけてのパノラマに息を呑みました。
昔々、ここに城館が置かれていたなんて信じられません。
戦国時代には多数の山城が県内各地に置かれていたと言います。
最近、新発田周辺の山城跡を歩き始めたのですが、登山道からも外れ、そこへ至る道が現在ほとんど消えかかっているところも多いです。
次のサイトに要害山のあらましが詳しく載っています。
興味のある方はどうぞ。

Img_3116_17p

正面が南です。
うっかりして北極星が視界に入るかどうかチェックしなかったのですが、基本的には広角レンズで星景狙いのポイントでしょう。
オメガ星団も余裕で見えるはずなので、透明度のいい日に広角レンズで狙ってみたいです。
光害の程度は夜に来てみないとわかりませんが、少なくともパチンコ屋やGS、野球場のナイター照明は南の方角にはなさそうです。

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大自然・ネイチャー(新発田市)」カテゴリの記事

コメント

以前、櫛形山脈縦走路の南側のゲート近くからω星団を見たことがあります。箱岩峠からかなり北までいけましたが、最近はすぐにゲートがあっていけないようです。要害山の上から見えればよかったのですが、藪では仕方ないですね。

ここ一連の佐々木氏の話は興味深いです。
20年ほど前ですが、櫛形山の近くで越後の中世の城を調べているという人にあったことがあります。
当時その人が書いたという本もあって話が盛り上がりました。
satoさん紹介の要害山のサイトの方と同じ人でしょうか。
中世のことを思ってあらためて風景をみるのも違った感慨があります。

skameさん、いつもコメントありがとうございます。箱岩峠から北に尾根越しに伸びる林道は、ゴミの投棄を防ぐためにゲートを入り口に設けたという話を聞いたことがあります。そういったネガティブ指向の話はいやですね。
実は今月、2回新潟日報とシンクロしました。ぼくが藤戸神社の記事を書いたのは4月10日ですが、12日の日報(16p)に加治氏と藤戸神社を紹介する記事が載ったのです。そして、2回目は今日。12pに要害山の記事が載りました。加治城跡が新発田市の文化財に登録されたというものでした。4月26日に、ぼくは要害山登頂の記事を書いたばかり。前回も今回も、偶然2日後に日報さんが類似の記事を載せています。もちろん、あちらはもっと前から記事を準備していたわけですし、真似したとかいう話ではありません。シンクロニシティーというやつです。
ところで、あのサイト主さんは秋田の人なので、skameさんが現地で出会った人ではないと思います。著者名は覚えていませんが、こないだ図書館でものすごくマニアックな本に出会いました。県内の山城跡を徹底的に実地調査し、詳細なスケッチを本に載せているのです。鳥屋野出版から自費出版された本でした。その方かもせれませんね。
圃場整備であらかた消失しましたが、下越には縄文~弥生の遺跡も多いんです。今、そっち関係を調べています。
奥三面のアチヤ遺跡もそうですが、図書館で教育委員会が出している分厚い報告書を見るにつけ、なぜこれほど貴重な文化財を、と悲しくなります。

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