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2016年4月の16件の記事

2016年4月28日 (木)

聖籠の河内神社

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聖籠中学校の斜め向かいに、古墳のような丘があります。
そこに鎮座するのが河内神社。
創建は1451年。
山伏の娘である聟徳右エ門が蓮潟村に居を構え、村人達と共に海神河内神社を造りました。
この丘は御船戸山といい、当時は周りが水面に囲まれていました。
江戸時代の古地図を見たことがありますが、当時と今とでは全然地形が違います。
この辺りは紫雲寺潟と呼ばれる潟だったのです。
聖籠町では日枝神社と共に好きな神社です。
二王子山の展望が良く、天気のいい日は境内でゆっくり寛ぎたいものです。

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帰りに、加治川分水に近いあたりの派川加治川に沿って、桜並木が200mほど続いているのを発見。
木はまだ若いですが、将来が楽しみですね。

2016年4月27日 (水)

陣馬山再発見

本間新田から二王子温泉病院へ抜けていく道路の途中に、陣馬山(56.1m)があります。
そこの近くの農道で、ここ数年よく星景写真を撮っていました。
曲がり角の所に小さな神社があるのですが、おととい通った際、道路をはさんで反対側の林の林の中にも神社らしきものが立っているのを発見。
あとで国土地理院の地形図を見たら、確かに神社マークは二つありました。
なんで今まで気づかなかったのだろう。

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境内は思いの外広く、様々な石塔や祠が建っています。

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境内を取り囲むように、そう、まるでストーンサークルのように石が置かれています。
なんとも不思議な場所です。

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石のひとつひとつにはこのように神サマの名前が刻まれています。決して墓ではありません。

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ご神体と思わしきは、枯れた大木の切り株。
それを取り囲むように、ここにも神々の石碑が・・・
ネットで情報を漁っても全く出てこないので、新発田の図書館へ行ってみました。
ところが、駅前へ移転のため、7月まで完全閉館だとか。
仕方なく県立図書館やほんぽーと、豊栄の図書館へ行きましたが、陣馬山の神社については記載が一切ありませんでした。

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一応、神社名はこの石碑に書かれています。
しかし、ますます怪しい。好奇心を掻き立てられます。
まあ、八百万の神々を祀った場所と言えるでしょう。
いつもの星景ポイントをこのあと下見したのですが、先日判明したように、陣馬山から田貝までの山麓の樹木が伐採され、はげ山状態になっていました。

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山が泣いています。ちょっと残念です。
しかし、これをメリットとは絶対に言いたくないのですが、あくまで事実として述べれば、農道のどこからも二王子岳が見渡せるようになりました。

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これは入ってすぐの農道からの景色。
左端に二王子温泉病院が見えています。

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最後にいつものポイントへ立ち寄ってみたら・・・春に来るのは初めてだったのですが、ご覧のように山桜に彩られており、絶景が楽しめました。
これなら桜星景もいけますね。
自然林が残っているのはここだけでした。
この林が、いつまでも残っているよう祈るばかりです。

2016年4月26日 (火)

要害山からの展望

佐々木盛綱ゆかりの藤戸神社へ、再び訪れてみました。
今回は、16世紀後半まで加治氏の城が築かれていた要害山へ登るのが目的。

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こないだ来たときは気づかなかったけど、本殿が背後にあるのでした。

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急な石段を登って参拝。
ごく狭い敷地に立っているので、カメラはこれ以上引けません。

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凛と張り詰めた空気感が素敵です。

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要害山(165m)山頂へは、藤戸神社から15、6分で到着。
ロープ場なども出てくるので、スニーカーだとちょっと厳しいと思います。
三角点は左手奥のもうひとつの広場にあるのですが、展望の利くのはこちら側。
思ったより見晴らしがよく、南から西にかけてのパノラマに息を呑みました。
昔々、ここに城館が置かれていたなんて信じられません。
戦国時代には多数の山城が県内各地に置かれていたと言います。
最近、新発田周辺の山城跡を歩き始めたのですが、登山道からも外れ、そこへ至る道が現在ほとんど消えかかっているところも多いです。
次のサイトに要害山のあらましが詳しく載っています。
興味のある方はどうぞ。

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正面が南です。
うっかりして北極星が視界に入るかどうかチェックしなかったのですが、基本的には広角レンズで星景狙いのポイントでしょう。
オメガ星団も余裕で見えるはずなので、透明度のいい日に広角レンズで狙ってみたいです。
光害の程度は夜に来てみないとわかりませんが、少なくともパチンコ屋やGS、野球場のナイター照明は南の方角にはなさそうです。

2016年4月25日 (月)

チューリップ畑逍遙

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以上2枚、胎内市長池公園チューリップフェスティバル会場にて。

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上記の会場に隣接している長池。
亀が甲羅干ししています。

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長池近くのチューリップ畑にて。

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聖籠町二ツ山付近にて。

2016年4月24日 (日)

姫田川源流を訪ねる

車道ができる前の二王子山神社への参拝道がここ。
左の石碑には南無阿弥陀仏と書かれています。
江戸時代のものらしいです。
地元の登山家・五十嵐篤雄さんの著書「飯豊道」に、大正時代生まれの五十嵐さんが子供の頃、ここから二王子山へ登ったときの詳細な記録が書かれています。

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途中で踏み跡は途切れているのですが、入り口の佇まい、いい雰囲気です。
そして、ここでカモシカに出会いました。

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杉林のなか、まさに昔の参拝道の真ん中に立っているではありませんか。
その瞬間、100年前にタイムスリップしたような錯覚に襲われました。

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姫田川沿いに延びる林道は、この地点(緯度37 54 52.3 N 経度139 27 16.1 E 標高251m)まで車で入れます。
ここから12.3分ほど歩くと、巨大な堰堤に出ます。

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グーグルアースを見ていて気づいた堰堤。
ここへ来るのが目的で、今回ここまでハイキングしてみたのです。
林道はここからさらに1.5kmくらい先で終わっており、そこから二王子山頂に上る登山道はありません。
標高は低いのに、とてつもない山奥を探検しているような気分を味わえました。

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新発田へ帰る途中、いつものように農道ウォッチング。
この日は上中江の辺りで、水生昆虫がたくさんいそうな田んぼを発見。
隣の五斗でもたくさんのいのちが息づいていそうな田んぼを発見したし、この辺りはいいですね。

2016年4月23日 (土)

山王森史跡公園

U字溝が使われていない田んぼを求めて、22日は聖籠町を探索。
その過程で、自然にこの丘に引き寄せられました。

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この丘陵は、次第浜の山王森史跡公園。
意外と海岸に近いエリアは、知っているようで知らない地形が多くあることに気づきました。
山王森史跡公園は、日枝神社の社叢を公園として整備したもの。
落葉広葉樹であるアベマキの、県内最大の群生地としても知られています。
上の写真は海岸側から写したものですが、本当の入り口は反対側にあります。

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度重なる火災のため、現在の社殿は大正13年の建築。
境内は広く、この丘陵全体に及びます。
アベマキという木は初めて知ったのですが、とても優しいバイブレーションを発している木です。
丘陵全体が軽やかな雰囲気に包まれているのはそのせいでしょうか。
ところで、この丘の周辺の田んぼは、ほぼ昔のままの佇まいであることに気づきました。
そして、これまた引き寄せられるように、多様な生態系が残っているであろう水辺に出たのです。

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あとで国土地理院の地形図を見たら、この川を派川加治川と称するのだそうです。
水が澄んでおり、鳥のさえずりもたくさん聞こえてきます。
1km以上の長きに渡り、遊歩道が並行して延びており、散歩するには最高の場所です。
こんなオアシスが聖籠町にあったなんて・・・
ざっとインスペクションした感じでは、およそ800mくらいはホタルがたくさんいてもおかしくない空間でした。
6月の楽しみがまたひとつ増えました。

2016年4月22日 (金)

田んぼの小宇宙

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37 54 56.5N 139 25 16.4E (標高58m)

これは2010年にぼくが田貝(新発田市)で撮った写真です。
左手に水田がありますが、右手は広葉樹が生い茂った丘となっており、水田と丘の境を小川が流れていました。
小川の周辺は湿性植物が生い茂り、道もないことから水生昆虫やホタルの楽園だったのです。
ぼくがホタルの生態に興味を覚え、6~7月にかけて頻繁にホタルの写真を撮るようになったのは、このポイントとの出会いがきっかけだったのです。
2010年と2011年は、もう一ヶ所の棲息地~二王子岳登山道へと通じる林道入り口の広大な湿原地帯~と共に素晴らしい乱舞が見られました。
ところが、2012年はどちらのポイントもぱっとしなかったのですが、2013年は再びホタルの楽園たるにふさわしい乱舞が復活したのです。
(2010 7/2, 7/3, 2011 7/3, 2013 6/28のブログ参照)
だけど、これらの場所で多数のホタルを見たのは2013年が最後。
登山道へ通じる林道入り口の湿原に棲息するホタルがなぜ2014年から激減したのかは、昨年、近くの集落に住むホタル好きの人から教えてもらい、納得しました。
林道と湿原の境を流れる小さな水の流れがあったのですが、そこにU字溝が設置されたのです。
この湿原も昔は田んぼだったところですが、とっくに耕作放棄地になっています。
湿原に一番近い家も空き家となり、ここより奥には人家もないし、U字溝化する合理的な理由が見当たりません。
それはさておき、U字溝化するとホタルにとってはアウトです。
そして1枚目の写真の場所ですが、とうとうここもU字溝が設けられたのでした。

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一体何のために・・・
この湿原をそのままにしておいても、なんら不都合はないはずなのに。
これを施行した土建業者や地元の人々がNOという声を挙げないと、際限なく身近な自然は破壊され尽くしていくことでしょう。
農作業の効率を高めるために”圃場整備事業”が実施されてきたのは、1960年代以降のこと。それまでの素掘りの水路は次々と護岸化され、生物多様性は著しく失われていったのです。
効率重視の農業は(酪農でもなんでもそうですが)、近年様々な弊害が明らかになってきました。
そして、100年先でも持続可能な環境保全型農業が模索されているのが21世紀以降の流れです。
ここ3週間ばかり新発田平野の田んぼや里山をしらみつぶしに歩いているのですが、昨日行った宮古木近くの丘の周囲も真新しいコンクリートの用水路が張り巡らされていましたし、昔ながらのあぜ道の残る田んぼを見つけるのは至難の業になりました。

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上の写真は4月20日の記事で、1本桜が立っている丘の周囲のU字溝です。
かなり深い、つまり高低差があります。
このように深く掘り下げられた水路は、ドジョウや蛙の生息場所として適さなくなり、産卵のために田んぼへ移動することも妨げます。
サギ類の採食場所としても不適格となり、鳥類の活動にも影響が出ます。
ある調査によると、圃場整備で畦がなくなり、コンクリート張りの深い水路に覆われると、生態系の多様性が9割方失われる、つまりそこに暮らす動植物の数が激減するのだそうです。
イナゴが跳ね、鳥が舞い、魚が泳ぐ小宇宙~田んぼ自体が生態系の一部なのです。
今回、この記事を書くにあたって特に参考にしたのが次の本。

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にぎやかな田んぼ

二王子山麓に話を戻すと、田貝・南俣 集落のあたりは特に電気柵が綿密に張り巡らされています。
川や田んぼはコンクリートで覆われ、地域の子供達が自然とふれあう機会をも奪いました。
こうして、ますます人間は自分たちを自然から切り離して生きるようになってきています。
その”分離”の勢いは加速するばかり。
記憶に新しい東北大震災は、文明のあり方を見直すよい機会であったはずですが、文明の方向性が修正されるには至りませんでした。
人間も地球という巨大な生態系の一部のはず。
それとも、人間は地球という生態系に発生したがん細胞なのでしょうか。
決してそうではないと信じたい。
破壊するのは本当に簡単です。しかし、回復させるにはその何十倍何百倍もの時間と労力を必要とします。
地方創生ってなんでしょう。地域振興ってなんでしょう。
お金の循環を基礎に置く経済システムは、その根本に機能不全を抱えています。
機能不全を覆い隠すためには、マネーゲームを延々と規模を拡大しながら続けるしかありません。まさにチキンゲームですね。
地方において、その収奪先は常に山や川などの大自然でした。

次の写真は、田貝の集会場に立つ看板です。
ここは毎年行われるホタルまつりの会場となる場所であり、今回リポートした、数年前までホタルの乱舞が見られた湿原から70mくらいしか離れていません。

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中央の看板にはこう書いてあります。
「にのうじ山麓 景観ゆめみの里 平成17年11月30日 田貝地域ビジョン実行委員会」
この看板を立てた関係者は、何を夢見たのでしょうか。
今、目の前にははげ山に近い状態になった丘が拡がります。
保つべき景観、守るべきいのちとはなんでしょう。
水と生き物に親しむ絶好の空間である田んぼ。
その機会を自ら損ねる行為のおろかさに、少しでも多くの人が気づいてくれることを”夢見”ます。

2016年4月20日 (水)

春の二王子山麓

あまり手が加えられていない河川環境が残っていると、昨年から着目していた姫田川。
南楯から下楠川にかけての土手を、左右両岸ひたすら歩いてみました。

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水量も豊富で、水も透明。
コゴミもたくさん生えているし、いい感じ。
これは総明院橋から上流を写したものなのですが、やや下流から総明院橋を写したのが次の写真。

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この橋、写真で見る以上に小さな橋で、田んぼのど真ん中にあります。
従って、交通量は極めて少なく、農道沿いに外灯もありません。
このように、橋を前景に入れた構図を、勝手に橋桁星景と名付けました。
個人的に好きな構図です。
これでもしホタルがこの川に飛んでくれれば最高ですね。

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緯度 37 54 10.6 N
経度 139 23 44.1 E

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緯度 37 54 2.7 N
経度 139 23 43.9 E

次に、出鼻先山(93m)を二等辺三角形の頂点とし、宮古木と上新田を底辺とする一帯を歩いてみました。
もちろん、この辺の農道歩きは初めて。
いや、なかなか風情があって良かったです。
出鼻先山から北に延びる尾根沿いに山桜が自生しており、1本独立して立っている桜の木を発見。
特に2枚目のそれは木の形が良く、桜星景にはもってこいの被写体になります。
昨日でしたか、知人のブログに、新発田には桜星景に適した桜の木はありませんねえ、とコメントしたばかりなのですが、この2本の木はいいです。
この丘一帯は、畑地とかつての牧草地が半々となっているのですが、それらの地面は土が軟らかいので、三脚を立てるなら農道しかありません。
なので構図の自由度は多少制限されるかと思いますが。

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丘の上から二王子山へカメラを向けてみました。
山麓の建物の明かりがどの程度入るか、夜に来てみないと何とも言えないです。

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緯度 37 53 48.9 N
経度 139 23 52.0 E (標高81.2m)

農道(幅は狭いけど舗装済)をもうちょい右側に歩いたら、丘の縁が道路より高くなってきました。
このあたりからだと、雑多な建物を消すことができます。

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緯度 37 54 19.2 N
経度 139 22 0.1 E

帰り道、R14を走っていたら、黄色のお花畑が目に飛び込んできました。
何の花だろうと車を降りて近づいてみたら、菜の花でした。
昨年はなかったので、農家の人が植えたのですね。
まだ背は低いので、来年辺りから観光名所になるのではないでしょうか。
幹線道路沿いなので、菜の花星景は難しいと思いますが・・・

2016年4月17日 (日)

はるかなる記憶の田園風景を求めて

胎内市の海岸線に近い集落に住んでいる甥っ子から、乙のあたりでホタルを見たことがあるという情報をゲット。
そのあたりをロケハンしてみました。
基本的に、水芭蕉で知られる地本のあたりも含めて、田んぼの用水路は完全にU字溝になっているのですが、一ヶ所これはもしかしたら、という場所を見つけました。
そこは木ノ芽川。

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2枚目の写真の奥に青い堰が見えていますが、そこから先はU字溝。
しかし、そこまでの数百メートルの区間は水生昆虫が充分棲息していそうな河川環境で水質も良く、ひょっとしたら結構な数のホタルがいるかもしれないと思いました。
この辺りで海抜3m。
今年はより標高の低いところでのホタルを撮ってみたいと思っているのですが、ここが最有力候補地かもしれません。
もう少し標高のあるところ~海抜10-20m~に範囲を広げると、結構あります。
写真に写さなかった所や、ここだけは秘密にしておきたいという場所を含めると、最近1ヶ月で10ヶ所くらいの場所を発見しました。
いくつか紹介します。

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特に期待値大なのがここ。
五斗近くの用水路、というか小川です。
周辺の田んぼもコンクリート化されているところは少なく、そして水質も抜群。
古き良き時代の田園風景が残っています。あくまで部分的に、ではありますが。

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ここは下三光付近の用水路。完全に自然のままです。
すぐ左手に、坂井川の支流である三光川が流れています。
両岸は護岸工事がされていますが、中流部は河床の面積が広く、葦が適度に茂っています。かなりいい感じ。
舗装された車道からははずれるので、適当なところに車を停め、土手を歩いてアプローチする必要があります。
なので、車のヘッドライトが入ってくる心配もなく、ひょっとしたら乱舞が見られるのではと思ってしまうのです。

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こちらは東姫田と上中江の間の田んぼ。
U字溝化されている用水路が半分以上を占めますが、あくまで半分です。
正面左手に神社が建っています。
鳥居は山側を向いているので夜間に撮ると神社であることがわからないかもしれませんが、二王子山の雄大さが強調される素敵な構図が得られます。
でもグーグルアースで見てみたら、神社の前の農道(舗装されています)に外灯がぽつんぽつんと立っているんですよね。
集落からはかなり距離があるのに、なんで~と思ってしまいます。
本当に夜になるとライトが点くのだろうか。
だとしたら興ざめですが。
ホタルのいそうな場所探しをして感じたのですが、たぶんぼくはホタルが見たいのではなく、昔ながらの田園風景が見たいのだと思うのです。
結果的に、そのような場所~動植物の多様性が残っているところ~には、ホタルが棲息しているにすぎません。
最近、新発田周辺の縄文~弥生時代の遺跡、並びに多くの山城が作られた戦国時代の歴史に興味を持つに至り、さまざまな文献を読んでいます。
図書館でそういった本を読むと、戦前や昭和30年代に撮られた新発田平野の写真をよく見かけるのですが、その風景に心底しびれます。
現代文明のベクトルが多少なりとも変化する確率は、現時点では非常に少ないと思いますが、それでも望みを捨てずにはいられません。

2016年4月16日 (土)

色づく春

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以上、胎内市宮川地区にて。

2016年4月12日 (火)

底なし沼と水芭蕉

土日の里山歩きで見つけた面白スポットを、さらに2ヶ所紹介します。

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まずは、早道場の底なし沼。
次のサイトで、この沼にまつわる伝説を知りました。
いわく、子供の頃、夏の暑い日に沼へ夕涼みに行くと、よく蓮の葉っぱの上に仙人が座っているのを見かけたとか・・・
日本の民話に出てくるカッパや鬼のみならず、世界各地の民話にも様々な異世界の生き物が登場します。
タマネギの皮1枚向こう側の世界~隣接している並行世界には、このようなエンティティ達が存在する次元もあるのだと確信しています。
純真無垢な子供だと、往々にしてそのような異世界に入り込むことが少なからずあるもの。
ふと、漫画家のさくらももこさんが自分の子供の頃の体験を描いた「二度と見つけることができなかった西洋の洋館」の話を想い出しました。
今年の夏は夕涼みにここへ行ってみようかな。
でも、蚊が多そうですね(^^;)

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野生の水芭蕉の群生地です。
この2枚の場所ですが、4月9日の記事で2枚目の写真、中央やや左側の杉林の奥、丸山(121m)の南の山麓になります。
実はこの日、初めてここに水芭蕉の群生地があることを知りました。
ニノックススキー場へ行く道路の途中に、水芭蕉公園を示す案内板が立っているので、簡単に見つけることができるかと思います。
ただし、水芭蕉の時期しかこの案内板は立っていないと思うのですが。
水芭蕉の群生地は大きく3段に分かれており、遊歩道と木道が付けられています。
全体の面積も花の大きさも、五泉の水芭蕉公園に比べたらはるかに小さいのですが、こんなところに水芭蕉が咲いていると、単純に驚きました。
全く写真映えする場所ではないけど、宝物を発見した気分になりました。

2016年4月11日 (月)

謎のクレーター

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謎のクレーターもどきの地形を発見しました。
名付けて、クレーターレイク私立公園。
中央に池があり、さらにその中心には大きな岩が積み上げられています。
そこへは渡れるように石が並べられているのですが、クレーターの縁からそこへ降りていく道はありません。
いや、かつてはあったのでしょうけど、今は立ち入る人もなく、背丈2m以上の葦原に埋もれてしまったのだと思います。
クレーターの縁には桜が植栽されているのですが、どの木も若いので、近年植栽されたものでしょう。
ちなみにこの桜並木は、下の道路からは見えません。
ぼくもここまで歩いてきて、初めて桜が咲いていることに気づいた次第。

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中心部の小島をアップすると、こんな感じ。
小島へ上陸するなら、春の今の時期か初冬しかありません。
誰が何を意図して作ったのか、興味が湧いてきます。
(もちろんネットで色々調べたのですが、わかりませんでした。)

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クレーターの直径は200mはあるんじゃないだろうか。
1枚目の写真の左側奥には、こんな湿原も拡がっています。

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クレーターの外側にもこんな水の流れがありました。
ここはある山塊の西側に位置する斜面の一部なのですが、国土地理院の地形図を見ると、西側には他にも多くの溜池やらなにやらが北に向かって点在しています。
溜池巡りも面白いですね。
釣りが趣味だった中学生の頃、溜池を片っ端から踏破していた時期があったのですが、人間の基本的な趣向は一生変わらないようで・・・

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クレーターの背後に上へと延びている小道があり、そこを歩いていくとお墓の上部へ出ました。
土曜日曜とひたすら里山を歩きまくったわけだけど、やはり歩いてみないとわからないことがいかに多いことかに気づかされました。
二王子山麓だけでなく、五頭山麓、櫛形山脈の山麓をさらに極めてみたいです。

2016年4月10日 (日)

加治氏ゆかりの地

土曜にアップした記事の続きです。
坂井川の河原でコゴミを取ったあと農道へ戻ってくると、視界に存在感のある桜の木が目に入りました。
早速行ってみると、思いがけぬ文章が案内板に刻まれていました。

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源平の合戦で勇名を馳せた佐々木盛綱は、源頼朝から越後守護・ 加治荘地頭に任命され、今の新発田市一帯を収めます。
のちに新発田城の城主となる新発田氏は、盛綱を祖とする加治氏の傍流。
加治氏は19代の景綱を最後にお家断絶の憂き目に遭いますが、その景綱が晩年居を構えた地がここなのでした。
萬休斉は、”万事休す”から来ているものと思われ、景綱の晩年の心境が読み取れます。

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南に二王子山の勇姿を抱き、素晴らしいロケーション。
この場所を選んだ景綱に、なんか好感を抱いてしまいました。

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万休斉を名乗った佐々木景綱の墓がここにあり、位牌は香伝寺に安置されています。
香伝寺はニノックススキー場へ行く途中の集落にあるので、すぐわかりました。

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境内は広く、庭園もなかなか見応えがあります。
さて、この地に赴任してきた佐々木盛綱が居城を構えたのが、櫛形山脈の南端に位置する要害山(166m)です。
実はこの日(9日)、最後に訪れたのが要害山の登山口に立つ藤戸神社でした。
後述するような史実を、一切この時点では知らなかったのです。
30年くらい昔、母とワラビ取りに登ったことがあるくらいで、自宅から割と近い(車で10分)にも関わらず、要害山周辺はあまり来たことがありませんでした。

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ここが藤戸神社の入り口(兼・登山口)。
神社の名前の由来は、岡山県の藤戸の瀬戸における平家との戦いで、近江源氏の雄・佐々木盛綱が殊勲をあげたことを称えるために付けられたそうです。
尚、祭神は近江源氏の遠祖にあたる宇多天皇。
この記事を書くにあたり、歴史書をひもといているのですが、様々な偶然の一致に驚くことしきりです。
さて、背の高い杉の古木が2本鳥居の左右に林立するこの佇まい、近年レイライン上に位置することで有名になった岐阜県の日輪神社にそっくりです。
確かに、鳥居をくぐると空気感がドラスティックに変わります。
既に薄暗くなっていたので、この日はここで引き返しました。

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前方に見えている鳥居まで、高低差にして40mくらいありそう。
石段も崩れかかっており、サンダル履きは厳禁です。

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翌朝(つまり今日)、改めて神社まで登ってみました。
最初視界に飛び込んでくる鳥居の奥にもうひとつ鳥居があり、思ったより遠かった・・・
帰りは入り口の右手に見えていた林道を降りてきたのですが、点在する山桜が目を楽しませてくれました。

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左手奥に見える赤い鳥居が神社の入り口。
山裾には小川(今泉川)が流れており、清らかな水の流れに目を奪われました。
周辺の田んぼの用水路は完全にU字溝化されていますが、この川だけは数百メートルに及び、自然のままの護岸です。
これはひょっとすると、アレも多く生息しているかもしれません。

2016年4月 9日 (土)

残雪のエブリサシ岳と二王子岳

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背景の雪山は、飯豊連峰の朳差岳(エブリサシダケ)です。
胎内川にかかる鼓岡大橋付近の河原より撮影。
このすぐ上手から胎内スキー場手前にかけて見事な桜並木が続いていますが、こちらの開花はまだでした。
桜が咲いていたとしても、朳差岳を入れるアングルでは、この構図が一番好きです。雪解け水の奔流と新緑が同居する風景が、ぼくの中での早春の原風景だからです。

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新発田市に移動してきて、こちらは二王子岳。
この橋は坂井川支流にかかる橋。
橋の幅は小型車がやっと通れるくらいしかなく、通行量は限りなくゼロに近いです。
このようなマイナーな農道なので、橋のたもとにも外灯はなく、夜来ても人工光は視界にほとんど入らないと思われます。
ここ数年、二王子山麓の農道をしらみつぶしに踏破しているのですが、まだまだ知らない地形がたくさんあります。
今日(9日)もたくさんの発見がありました。

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なんだかんだ言って、最も拡がりのある水田風景が眺められるのはここ(香伝寺近くの農道)でしょうか。
左手に白っぽい薄茶色の丘が見えますが、行ってみたら農道が草原の入り口まで続いていたので登ってみました。それが次の写真。

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標高は50mくらいしかないのだけど、実際の標高の低さを感じさせません。
近年は鉄塔銀座と化してしまった二王子山麓ですが、ここからだと正面に送電線も鉄塔も入りません。(ただし、左側には鉄塔が建っていますが。)
草原の下地も硬く、思ったより歩きやすかったです。
下草の背丈が低いうちなら、星景に使ってみたい場所だと思いました。

2016年4月 6日 (水)

鳥屋野潟の桜

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EOS70D + TOKINAR 11-20mm F2.8 PRO DX

新潟市鳥屋野潟公園での1枚。
6日の今日は五分咲きプラスアルファといったところでした。
夕方、加治川にも立ち寄りましたが、こちらは開花率1割でしょうか。
天気が回復する土曜日辺りから、一斉に花開くことでしょう。

2016年4月 1日 (金)

水芭蕉に酔いしれる

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EOS70D + EF-S18-135mm F3.5-5.6 IS STM (共通)

新発田に、巨漢の吟遊詩人!?がいます。
そのTomさんがブログに、詩情溢れる写真と文章を寄稿していました。
いやあ、ぐっと来るものがありました。
この人は、ドイツの詩人ハインリヒ・ハイネの生まれ変わりかもしれない。
ハートがぷるぷる振動しました。
実はその場所へはまだ行ったことがなかったので、本日初訪問。
着いたのが午後1時という写真には最も適さない時間。
怠慢の極みですね(^^;)
にもかかわらず、白い妖精達の艶姿に感動することしきりでした。
初めて水芭蕉の美しさに気づいた気がします。
木道の前を歩く人が「尾瀬より広いかもね」と話していましたが、新潟県内にこのような花園があるなんて、それも結構身近なところに。
花粉症のつらさを、しばし忘れることができたのでした。

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